Huluドラマ『時計館の殺人』第二部(2026)最終話(第8話)完全ネタバレ考察レビュー

特別企画:毎日更新
連続ドラマレビュー

前話レビューはコチラ

――……江南くん、僕は刑事じゃないんだ。ただ真実のことが知りたかっただけだ。

by 鹿谷門実(演:青木崇高)

作品データ

原題:Huluオリジナル 時計館の殺人:第08話

監督:内片輝

脚本:戸田山雅司

原作:綾辻行人『時計館の殺人』

音楽:富貴晴美

主題歌:ずっと真夜中でいいのに。

「よもすがら」

製作:日本テレビ

配信:Hulu

出演者:

江南孝明:奥智哉

島田潔(鹿谷門実):青木崇高

福西涼太:鈴木福

古峨倫典:伊武雅刀

古峨永遠:真木ことか

古峨由季弥:志水透哉

伊波紗代子:神野三鈴

田所嘉明:矢島健一

島田修:池田鉄洋

中村青司:仲村トオル

瓜生民佐男:岡部ひろき

樫早紀子:吉田伶香

河原崎潤一:渡辺優哉

新見こずえ:阿部凜

渡辺涼介:藤本洸大

小早川茂郎:山中崇

内海篤志:今野浩喜

光明寺美琴:向里祐香

野之宮泰斉:六平直政

本レビューは全話分の完全ネタバレレビューとなります

Huluドラマ『十角館の殺人』(2024),

および原作小説、コミカライズ等についても言及有。

総文字数:5420文字

読み終わるまでの時間:約14分

目次

上下巻の長大な原作を全8話で完全再現した

いよいよ最終話となり、上下巻の長大な原作をドラマ化した作品もこれにて終幕となる。

今回のレビューを書いた後、今週の金曜日には全8話総括レビューを書きたいと思う。こちらではより包括的に、前作との繋がりや製作過程なども拾いつつ書いていきたい。

以下、最後の謎解きについてのこれまでの伏線を整理した後、感想を述べる。

これまでのヒントとその解答2

狂った時間の城はどうドラマ化されたのか

『時計館の殺人』最大のトリック……それは、旧館と新館では“時間の流れ”が違うというもの。

そしてそれは、そもそも館の設計段階からの話であり、館にある108個の時計がすべて1.2倍速の速度で進んでいるというものだ。

時計館の外から見える一番目立つ時計塔が“気まぐれ時計”と呼ばれる狂った時間を刻んでいたり、日時計になっている庭に植えられた樹木の位置が“さほど正確ではない”というのも、恐らくこの1.2倍速に合わせていたからなのではないだろうか。

(※日時計に関しては原作にもハッキリした記述はないので筆者の推測となる)

これは

第1話のヒント:【音とヴィジュアル】

の一つであり、旧館の時計の針の音、例えば振り子時計であれば1分or2分に一回振り子が振れ、秒針の音は本来1秒に1回、カチリカチリと鳴る。今作の時計の針の音は、実際に測るとわかるがそのどれにも当てはまらない。実際に1.2倍速であったかまではきちんと計測していないので恐縮ではあるのだが、少なくとも通常の時計の針の動きとは違っていた。

劇中、しつこいほどに時計の音がしていたのは、“時計館”という舞台を印象付けるのと同時に、この解答編の配信後に筆者のように確認する人間に向けてのダメ押しのヒントだったのだろう。

第3話のヒント:【2人の登場人物の仕草】

これは一つには伊波が福西に対し永遠のことを語る際の目線や表情であることを前話レビューで書いたが、今回で明らかになった“時間のズレ”と関連し、この第3話でのカップ麺を食べる河原崎の仕草が重要になる。

1.2倍で時間が進む旧館内では、当然3分も時間が短くなる。そのためにカップ麺もきちんと作ることができずに麺が硬い仕上がりになってしまうのだ。

なので、劇中でカップ麺を食べる際、登場人物は皆妙な顔をして食べている。事件が起こって精神的にも追い詰められていく以前の段階でもその仕草は見られるので、精神的なものが原因でもない。1話から再見すると、よくわかるはずだ。

ただ、原作段階での疑問点ではあるが、世の中にはわざとそうやって硬めに仕上げて食べる人もいるので、全員が「不味い」と感じるかは個人差がある気はする。舞台設定が1989年なので、当時の商品だと実際に美味しくは仕上がらなかったのかも知れないが、この辺りはミステリーの手掛かりとしてはやや弱いところだろう。原作の描写として存在してるのでそこばかりは致し方ないことだ。

ちなみに原作ではこれについてもハッキリと台詞で説明されるが、今作ではエピローグにて鹿谷が恐らくその時間帯で実際に作って食べて微妙な顔をしている様子が映し出されている。

相変わらず内片監督は時に原作にある台詞すら省いて役者の演技や場面描写で説明する演出を取るが、このシークエンスでも鹿谷の最後まで謎を解剖し切らないと気が済まない姿勢と、それに対して「しょうがない人だなぁ」という顔をしている江南(そして、時間通り作ったカップ麺を満足気に食べる)というオチも付いており、2人の関係性を示す意味でも良いエンディングだったと思う。

第5話のヒント:【江南の推理の穴】

これも今回で明らかになったことで、時計館旧館に存在する時計はすべてが古峨倫典と中村青司の手により1.2倍速で“作られている”。

それは、江南が第1話で“拝借した時計”もまた同じだ。だが、江南はその時計は自分が常に手元に置いておいたものだから、“誰かの手により人為的に”時間をズラすことは出来なかったという前提で推理していた。しかし、そもそも旧館内の時計は“すべて”が正確な時間を刻んでおらず、江南の時計も最初から狂った時を刻んでいた。これが旧館内での江南の推理の穴だ。

旧館で動作している時計はすべては模造品であり、本物の古時計はすべて厳重に保管されている、というのも大きなヒントだったということである。

光明寺が最初の被害者に選ばれた理由も恐らくそこにあり、光明寺は旧館メンバーの中で唯一人この時計館の秘密を知る人物であり、であるが故に部屋にはアクセサリーなどをそのまま持ち込んでいた。恐らく、当然のように正しい時を刻む自前の時計も持ち込んでいただろう。(それを示唆するカットもある)

なので、伊波は最初に光明寺を殺し、その時計も回収しておいたのではないだろうか。

これは原作にも書かれてはいない内容ではあったが、さり気なく挿入されたアクセサリーや時計の持ち込みカットは、内片監督の丁寧な演出が光っていて唸らされた。

伊波の髪型に隠された仕掛け

同じく、伊波のヴィジュアルについてもヒントがあった。今回で鹿谷が指摘する通り、彼女は劇中、常に右耳を髪で隠し、不思議なタイミングで耳に手を当てる仕草をしている。

これは彼女が旧館を盗聴していたヒントになっており、解決編で時計館を訪れた際に伊波の髪型が変わり両耳を出しているのも視覚的にわかりやすくそれを表現したものだ。

原作ではこの伊波の耳のイヤホンについては補聴器を着けていた、という設定になっていたのだが、やはりそういった障碍を利用したトリックは問題があったのだろうし、そこに必然性もそこまでなかったので今作ではオミットされている。

実際、ドラマという視覚情報の強いメディアで表現するにあたり、髪型の違いという表現の方がより違いも明確になる上、補聴器とイヤホンでは形状が違うことも、現在の視聴者ならすぐにわかってしまうところだろうと思うので、この改変はとても良かったと思う。

一部の画面では耳が微妙に見えていたり(残念ながら山本監督回で顕著)するのはややマイナス点とはなるが、そこはもう粗探しの領域だろう。

時計館は“誰の呪い”だったのか?

今回、この大掛かりな仕掛けが判明したことにより、永遠が何故自ら命を絶ったのか、この時計館が何故建造されたのか、がハッキリする。

“16歳まで生きられない永遠に、16歳の誕生日を迎えさせるため”

そのために館時代をある種のタイムマシンにするという、あまりにも壮大な理由でこの館は作られていたのだ。

そう考えると、河原崎や樫といった、この殺人の動機には関係がなかった被害者たちにも、また別の側面が見えてくる。彼らには誰一人悪気はなかった。悪気はなかったが、彼らは時計館に掛けられた呪いにも似た魔法を破り、古峨家の“狂った安寧”を破壊してしまっていたのである。

瓜生と福西以外は“今日子の仇”ではないが

“永遠の仇”ではある。

そして、これは筆者が今回ドラマ版を観たことで感じた“邪推”ではあるのだが……

そもそも、古峨倫典が時計館新館を建築し、あの詩を遺したのは永遠の死の後のことだ。終盤の展開を見ていると、実はこの事件の全ては古峨倫典の掌の上だったのではという気さえしてくる。伊波を時計館の管理人に指名したのも、彼女への信頼からではなく、復讐者としていつか彼らを殺すことを確信していたならなのではないだろうか?

時計塔については詩を遺しただけで伊波には何も伝えてなかったというのも、由季弥を出来るだけ塔から離さないようにと言い遺していたのも、彼らもまた生贄だったのではないだろうか。

終盤、崩れ去った時計塔を見ながら、江南は古峨家のその在り方を理解できないといった風に混乱した声を上げるが、それは本当にその通りで、姉のため、とあまりにも無邪気な様子で今日子を見捨てたことを告げた由季弥と、倫典の精神性は何も変わらない。

彼らはどちらも、古峨の一族のために他者が死ぬことにまったく抵抗がないのだ。

馬淵長平が語った通り、彼らは既に「正気をなくして」いたのだろう。

今作の原作を語る際に、無関係な人物を含め10人(未遂含め11人)の命を奪った伊波をかなり凶悪とする感想が散見されるが、そこに至る導線を作り上げたのは倫典だったのではないか。

由季弥の告白を聞いてからも、時計館の管理を続けた伊波の表情を失った姿を、ドラマという画面で見せられたことで、原作を読んでいただけでは伝わり切らなかった倫典の邪悪さが解釈に加わったような気がするのだ。

ドラマ版江南が主人公である意味

ドラマ版館シリーズは人間ドラマが厚みを増しているというのは何度も書いてきたが、その中心にはやはり常に主人公である江南がいる。

原作ではシリーズ毎タイトルで登場するわけではない江南だが、ドラマシリーズにおいては間違いなく、鹿谷以上に主人公として物語を引っ張っている存在であり、その人間らしい感情の揺れ動きが物語に深みを与えてくれる。

今回も伊波が動機について語る前、江南が瓜生の後悔を語るシークエンスが非常に良い。

瓜生は結局最後まで自分が殺される本当の理由は知らないままだったが、彼の後悔は間違いなく本物で、関係ない仲間の死に誰よりも心を痛めていたのは、共に旧館側で推理をした江南だけがわかることだ。それを、自身の後悔と共に膝をつきながら語る姿あればこそ、伊波のすべてを観念したかのようにぽつり、ぽつりと語り出す動機の重みも哀しく響いてくる。

小早川など、無関係に殺されてしまった被害者の死に際の話に顔を歪めたり、自身が生き残らされたことの理由に思い至って声を震わせるところも非常に人間らしいリアルな感情の揺れが出ていて、やはり原作の江南ではここまで未熟さと弱さを兼ね備えた人間味は出てこないだろうという気もする。

原作者綾辻が前作のメイキングにて、「(奥の)江南は自分のイメージとは(良い意味で)違った」と語っていたのもこのあたりの描写に出ているのだろう。

エピローグでの、福西も連れて江ノ島に行こう、と鹿谷を誘う姿も、その無邪気さは原作以上に、今作の物語がしっかりと終わりを迎えたことをさせてくれるのだ。

映像演出に見る感情と回想のバランス

また、これは推理上非常にメタ的な読みにもなってしまうのだが、前作『十角館の殺人』では、事件に直接関係のない中村青司の死が油絵的な演出描かれ、犯人の直接の動機である千織の死のシーンはリアルな描写がされていた。

これは、犯人にとってその死がどれだけリアリティを以って想い出されるものか、という心象風景としての演出なのではないだろうか。

それを考えると、今作の永遠の死は常に傷口や死の瞬間が直接的に描かれおらず、落とし穴に落ちるシーンもイメージ映像のような形で表現されていた。

唯一、穴の中で顔の怪我をしていた場面だけがリアルな表現になっていたが、これは今日子の回想を置き換えたものだったことが判明している。

作劇上推理の助けになるとまでは言わないが、こうした細かな演出も見所と言えるだろう。

沈黙の女神のただ一度の歌声〜時計の針は何を示したのか

今作最大の大仕掛け、終盤の時計館の崩れゆく様は、文章で読んでいた時以上に鮮やかで、美しい映像で魅せてくれた。

壁の砂が落ち、その下の七色の硝子から日が差す。監獄の如き地獄の時間を刻んでいた館に光が差し、本当の時間が始まることを示すかのような、ゆっくりとしかし着実な崩壊。鳴り響く鐘の音は永遠の、そして古峨家のためのものだったのだろう。しかし、それは娘の死と共に時間を止めた伊波に対して鳴り響くものでもある。

そんな伊波の時間を止めるのが、彼女が針を外し、その動作を止めた時計塔の針というのがあまりにも皮肉なことだ。

こうして見ると、伊波の人生とは、あまりにも哀しいものだった。彼女の時間は、娘が死んだ時点で止まっていたのだ。彼女はずっとその止まった時間の中で、狂った時計を巻き続けていたのだ。

最後に針を受け入れる伊波の表情は、演じた神野三鈴の演技力が光っていた。あの壊れた微笑みに浮かぶ表情は、哀しみでも喜びでも、安堵でもない。ただ、すべてを受け入れた表情。

その最後の瞬間に、何の台詞も言わせなかったのが内片監督の演出の巧みさでもある。

こうした場面で、原作にはない何かしらの台詞を補足してしまう監督も多い中で、敢えて何も言わせず原作通りの終わらせ方を選んだところが、今作の実写化が原作者からの信頼をきちんと得た点でもあるのだろう。

総括:時間の牢獄に囚われた者たち

時計館は、永遠の時間を速める牢獄だった。

と同時に、伊波の殺意を育て、永遠を“殺した”子供たちへの復讐をさせるための牢獄でもあったのだ。そこに由季弥や、他に幾人の使用人がいようと、それは関係がない。

すべては永遠と亡き妻・時代に捧げるための墓標なのだから。最後に映し出される、破れた写真が重なり合う歪な家族写真こそが、この狂った物語の解答そのものだったのかも知れない。

全8話、今回の『時計館の殺人』も素晴らしい実写化だった。

全話語る中で多少気になるところもなくはなかったが、内片監督含むドラマ製作陣の誠実で丁寧な実写化が今回も光っており、原作付きの映像化、それを配信限定というフォーマットで製作する強みもしっかりと出ており、この後のシリーズも実に楽しみになる。

江南・鹿谷両名が出る原作は今後更に映像化の難しいものしかないが、この座組ならばまた驚かせてくれるのではないかという確信に近い気持ちも生まれた。

Huluは2026年春の現在、新本格ミステリーの映像化が他にもいくつか予定されている。今後も、“映像化不可能”な原作の映像化にどんどん挑戦してほしいものである。

総括レビューはこちら

🏠 館シリーズ考察レビュー

時計館の殺人(2026)各話考察レビュー1

時計館の殺人(2026)各話考察レビュー2

時計館の殺人(2026)各話考察レビュー3

時計館の殺人(2026)各話考察レビュー4

時計館の殺人(2026)各話考察レビュー5

時計館の殺人(2026)各話考察レビュー6

時計館の殺人(2026)各話考察レビュー7

十角館の殺人(2024)総括レビュー

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次