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連続ドラマレビュー
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――はじめまして スパイダーさん
by キャット・ハーディ(演:リー・ジュン・リ)
→『スパイダー・ノワール』を観る・購入する
作品データ
原題:Spider-Noir S1.Episode04:A Mistake I’ll Never Make Again
監督:ンジンガ・スチュワート
脚本:トリ・サンプソン
原作:Marvelコミック『スパイダーマン・ノワール』
音楽:クリス・バワーズ
マイケル・ディーン・パーソンズ
主題歌:カービー
「Saving Grace」
製作:Sony Pictures Television
配信:Prime Video
出演者:
ベン・ライリー/ザ・スパイダー:ニコラス・ケイジ
ジャネット・ルイス:カレン・ロドリゲス
ロビー・ロバートソン:ラモーン・モリス
フランキー:キャリー・クリストファー
フィン・バーン/シルバーメイン:ブレンダン・グリーソン
キャット・ハーディ:リー・ジュン・リ
フリント・マルコ:ジャック・ヒューストン
ルビー・J・ウィリアムズ:アマンダ・シュル
ウィンストン:ルーカス・ハース
アルフレッド・モリス:マイケル・コストロフ
※本レビューは第04話の完全ネタバレレビューとなります。
筆者は配信全8話視聴済みですが、出来る限り04話時点のネタバレで語ります。
Sony製作『スパイダーマン』シリーズ
および原作コミック等についても言及有。
総文字数:4666文字
読み終わるまでの時間:約12分
第4話短評
今回はいよいよキャットとベンの関係が発展し、ザ・スパイダーのオリジンにも触れていく重要回。新たな能力者も現れ、前話でのフィルム・ノワールの雰囲気とは打って変わり、ラストはヒーロー作品らしい大掛かりなアクションシーンも楽しめる。
ドラマも丁度折り返しで、ここから先はMarvelらしいヒーロー作品の色が強くなっていく転換回である。
キャット・ハーディがアジア人女性として描かれた意味
今回はキャットがシルバーメインに支配されるまでの経緯が語られたが、ここでキャットがベンを招いた場所は、第2話でフリントとロニーが落ち合ったのと同じ場所であるようだ。
蜘蛛を潰したシーンと同じく、この時点でベンとキャットの関係に幸せな結末が訪れないことは暗示されている。ベンが招かれたのは、あくまで“フリントと共有された秘密の場所”であり、二人だけの空間ではない。ベンの家を訪れても彼女の心は常にフリントにあることが示されており、これはドラマ全話を通しても残念ながら一貫している。
キャットがこの場所を訪れることは関係のある人間にとっては容易に想像がつくようで、今回もベンとキャットが話しているのをフリントは陰から見ていた。二人にとっては、シルバーメインの目を逃れて唯一自由になれる場所で、第2話を観る限りロニーすらその場所を知っているようなので、アディソンへの依頼などもここで行われたのかもしれない。
どちらにせよ、ベンにとっては重要な意味を持つ逢瀬となったが、その二人の想いがどこか異なっていることを示すシーンでもある。
冒頭は前話でのウィンストンとその相棒ジオを粛清した直後から始まり(前話ラストの銃弾はジオへのものだったが、ここに関してはそれほどの驚きはないだろう)、長年の部下を自らの手にかけたシルバーメインは「もっと派手な曲で祝いたかった」とキャットの歌に不満を言い、ベンを伴って朝まで飲み明かしており、そこに感情の揺れは感じられない。
ギャングらしいシルバーメインの残虐さを示すシーンであり、この後キャットの部屋で、キャットが開けた窓をすぐさま閉める姿にも、すべてを思い通りしなければ気が済まないというシルバーメインの執着に近い支配欲が見え隠れする。
キャットの口から、シルバーメインはこれまでも身体の関係を求めることはなく、ただ精神的な支配だけを強いてきたことが語られる。
キャットが愛した歯科医を、脅すのではなくわざわざ殺すその執着……「好きだから気にかけた」と口では言うが、シルバーメインからキャットへの愛情を感じる場面が描かれることはない。シルバーメインにとってはただ支配すること、それそのものが目的であり、「金だけが真実を語る」と言った男にとって、愛が言葉通りの意味を示すことはない。
戻ってきたフリントに言う「盾つかない限りはお前を守る」という言葉も、シルバーメインからすれば善意すらこもった言葉なのだろう。
『スパイダーマン・ノワール』コミックでは白人女性であるフェリシア・ハーディの設定を変え、キャット・ハーディとしてリー・ジュン・リが演じたこともここで効いてくる。
舞台となる1930年代……1924年制定の移民制限法などにより、この時代のアジア系移民、アジア系二世のアメリカ国内での立ち位置は決して明るいものではなかった。
キャットが元々の生活を「食べるのもやっとの暮らし」と語っているが、実際にアジア系移民(二世かどうかまではハッキリとは語られない)の無名歌手があの時代のアメリカで生きていくには相当な困難があったはずだ。
そんな彼女の自由を、強大な権力を持つ白人のギャングが金に飽かせて奪い、支配しているという物語構造は、黒人の描き方と合わせて今作のテーマの一つとなっているように思う。
禁酒法と政治抗争……フィルム・ノワールの世界観
今回はそんなキャットの過去に関連するように、シルバーメインと現市長モリスの政治抗争についても語られる。
今作の舞台で大きな柱となっている禁酒法についてだが、これは買う側ではなく売る側を取り締まる法であったことは前述の通りだ。この時代、この法は実はギャングの有力な資金源となっていた。
正規ルートで酒を売ることは出来ないが、酒を求める人は後を絶たない。今作でも繰り返し繰り返し、酒を賄賂に動く人物が描写されてきた。当時のギャングはこの欲望につけこみ、密輸と闇販売のルートを構築することで莫大な財と権力を得ていたのだ。
警察署長や市長とシルバーメインの関係もここに繋がり、警察は買収によりその販売ルートを見逃す、市長は禁酒法を出来る限り長く維持することでギャングの資金源を守る。
支配階層の癒着と闇は、この時代には半ば暗黙の了解のように成立しており、その陰では、職を失った人々の居住区を奪い、黒人やアジア人の人権を認めないということが半ば当然の現実として横行していたのだ。
だからこそ、禁酒法とはお互いにとって、決して切ることは許されないジョーカーとなる。今作はそんな政治的な駆け引きも物語の軸となり、彼らにとっては、ザ・スパイダーや能力者たちすら互いを有利に働かせる手札の一枚になる。
第1話でキャットは市長を巻き込み、シルバーメインの密輸への捜査を手引きさせた。……しかし、この際市長は、ただ情報を得るだけでなく、キャットに身体を求め、ベンのウェブで止められている。
情報提供者で、内通者でありながら、その実、支配者階級の白人にとってアジア人女性であるキャットは“そのように扱っても良い”存在であることが、こうした描写には隠されている。
今作がフィルム・ノワールとしても成立するのは、こうした描写の積み重ねが丁寧に成されているからだ。
繰り返し描かれる1930年代のリアルな人種差別
ロビーがロニーを訪ねるシークエンスもまた歴史的背景がしっかりと下敷きにあり、その描写も含め、キャットへのシルバーメインの支配の裏にある時代性が浮き彫りになる作りになっているのは上手いやり方だ。
ロビーが《ハーレム》に向かう電車に黒人しか乗っていないのは、もはや言うまでもなくジム・クロウ法の影響を感じさせ、またハーレムという地区そのものが当時世界最大級の黒人コミュニティの一つであったことを表していると思われる。今作の物語の中でロビーは常に明るくベンを支える、良き相棒として描かれているが、時代の中ではこうして白人と黒人の社会の断絶がある。
そう考えてよく観てみると、今回終盤でザ・スパイダーとメガワット(=ダーク・レイデン)が闘うシークエンスでも、ギャラリーはほとんどが白人であり、黒人はほぼロビーしかいないと言っても良い。
ロビーがこの後訪れるハーレムは黒人ばかりなので、まさかエキストラの人種が偏っていたという理由ではないだろう。こうした細かな映像作りのこだわりが随所に観られるのが、今作のリアリティと物語の重みを担保している。
ロビーが訪れるハーレムは、20世紀初頭に多くのアフリカ系アメリカ人が流入した、マンハッタン北部の地域である。ここは大恐慌時代に貧困の蔓延と犯罪の温床となった地区であり、ロニーは前話でのフーバーヴィルから、更に治安の悪い場所へと逃げ延びたことになる。
前話に引き続き、帰還兵、黒人への国家の仕打ち……
「国に奉仕した結果がこれか」
「元軍人はみんな配給に並ぶよ」
ハーレムで配給に並ぶ黒人の列……これがこの時代のリアルな現実であり、それは現在からほんの100年前ほどの話だ。
また何ともこの描写がリアルなのは、そこにいる黒人であるロビーにしろ、彼と長話をする煙草売りにしろ、その事実をどこか当然のように受け入れ、当たり前に過ごしているという描写だ。
この時代の愚かさをこうして描写することが、やはりこのドラマの一つの課題でもあったのだろう。
レギュラー陣の魅力と善意の描き方
ロニーは初め、自分たちを“怪物”と記事に書いたロビーを拒否するが、その誤解を解き、ベンの事務所に連れて行ってからのジャネット・ロビー・ロニーの三人のやりとりが良い。
何を聞いても語らないロニーに、ジャネットは無言でトランプを切り、カードを回す。カードゲームに興じ、家族の話、従軍の話を、ぽつりぽつりと語り合っていく。
勿論ジャネットは探偵事務所の秘書であり、時にベンよりも鋭い観察眼を持つことは語られてきた。しかし、これは必ずしも尋問ではなく、互いの傷を開示し合う時間であり、同時にシルバーメインたちの政治的駆け引きとの対比にもなっている。
今回、1話でベンが「学校で学べ」と言ったフランキーを事務所に連れて行き、ジャネットに勉強を教えさせているシーンがある。
こういったところも細かい点ではあるが、シルバーメインやキャットたちの物語を傍に、チーム・ベン・ライリーのレギュラー陣の物語には善意と親愛が溢れていることが示されている。これが、このドラマの救いにもなっているのだ。
ヒーローからの逃避を描く物語
ベンは冒頭シークエンスから既にシルバーメインの言葉すら耳に入らないほどキャットに夢中になっているが、終盤ではついにキャットを家に招くことまでする。
このシークエンスでの、「人を招かないからグラスがない」という言葉にはルビーを亡くしてからの孤独が滲み、おそらくこの家には、ジャネットやロビーも訪れたことがないのではないだろうか。
彼らとベンが話すシーンは、大体が事務所か外のカフェなどで、友人である彼らすら、滅多に家に招くことはないのだろう。そんな場所にキャットを招いたベンと、“フリントも知る場所”に招いたキャットの対比もここには表れている。
次回第5話と合わせ、ここでようやく今作主人公、ベンの“オリジン”が語られる。
ただ、あくまで今作は映画シリーズではなく海外ドラマらしい物語作りではあるのだが、ルビーを奪った犯人についてや、ルビー自身のことは、実はまだそこまで深く語られていない。
今回キャットに話したのはあくまで“ルビーを亡くした日”の物語であり、その事件の顛末や、その犯人については含みを持たせたままだ。
これは海外ドラマによくある手法で、作品の視聴率(Prime Video作品である今作は視聴回数)が一定数を超え、シーズン継続が決まった際に、適度に物語の謎や伏線を残しておけば次のシーズンで物語が作り易い。
長くシーズンが続くと初期シーズンでは考えられなかった隙間を縫って新しい設定が飛び出したりもするが、今作もある程度“語られざる物語”を残しておいたのだろう。
終盤ではメガワットとザ・スパイダーの派手な戦闘シークエンスになり、ここでのアクションも、ベンの過去を描いた後に観るとその弱々しさがあまりにも切なく強調されてしまう。
相変わらずスウィングでの着地には失敗し、メガワットにはやられるがまま……最終的には相手の“疲労待ち”で勝ちを拾う。
次回へ向けて……
今回のキャットとの会話でもわかる通り、物語現在のベンは、ヒーローなどやりたくはないのだ。最終的に通りかかった市長にその勝利を利用されるところまで含め、ここからの物語がザ・スパイダーの復活に焦点が当たることが予想される。
ラストでわざと窓から飛び降りるキャットをベンがウェブで救うのはその宣言のようなものだ。
これは、今作よりも以前に語られ、作られてきたスパイダーマンシリーズのオマージュのようなシーンであり、落ちていくヒロインを救う、正体がバレる、というのは歴代のスパイダーマンたちも経験してきたこと。
市長・シルバーメインともにザ・スパイダーや能力者を自身を守るために仲間に引き入れようとしている姿には、今作ではSSUで頓挫したノワール版《シニスター・シックス》(=スパイダーマンの世界におけるヴィランのチーム)が観られるのか?という期待も湧く。
次回はベンや能力者たちのオリジンが語られる回。ドラマ全体の転換点でもあり、ますます目が離せない。
第5話へ続く

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