Netflixドラマ『ガス人間』(2026)第5話「ブンコラーメン」ネタバレ考察レビュー

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――おチビじゃなくて……キョウコ

by キョウコ(演:斉藤柚奈)

作品データ

原題:ガス人間

監督: 片山慎三

脚本:ヨン・サンホ

リュ・ヨンジェ

原作:『ガス人間第一号』

(監督:本多猪四郎 / 脚本:木村武)

音楽:大間々昂

主題歌:サザンオールスターズ

「いとしのエリー」

製作:東宝

配信:Netflix

出演者:

ガス人間/堤田蓮:UTA

岡本賢治:小栗旬

甲野京子:蒼井優

藤川華歩:広瀬すず

藤川富士太:林遣都

坂本守(警視総監):ピエール瀧

阿部美智子:芋生悠

吉田則夫:こばやし元樹

森靖利(過去):野村周平

西山達也(テレビ局JNT 報道記者):伊島空

伊花純一郎(テレビ局JNT 報道局長):古舘寛治

小畑広紀(過去):中島歩

さつき(孤児):原寧々

甲野京子(過去):斉藤柚奈

坂本千恵子(坂本の妻):原日出子

旧文庫ラーメン店主:松崎悠希

本レビューは第05話の完全ネタバレレビューとなります

筆者は配信全8話視聴済みですが、出来る限り05話時点のネタバレで語ります。

リメイク元映画『ガス人間㐧1号』についても言及有。

総文字数:5584文字

読み終わるまでの時間:約14分

目次

第5話短評

第5話では再び本編の物語に戻り、とうとうガス人間の生前の姿……過去の物語が語られることになる。

サザンオールスターズの「いとしのエリー」も効果的に使われ、物語としては完全に後半戦に移行していく重要回だ。

しかし、物語本軸の重要な秘密が幾つも明かされる回の割に、そこに対しての演出がややおざなりになり、観終わって記憶に残るのは本筋とは関係のないシーンばかりだったように思う。

それこそがまさに、このドラマ最大の問題点ではないだろうか。

アッサリし過ぎ?ガス人間を操る黒幕が判明

今回序盤、これまでガス人間を操っていた者……今作における“犯人役”が、なんと甲野京子その人であったことが判明する。

事件を追う記者として、第3話では大友の遺体が握る携帯から情報を奪取したりと、暴走とも思える過激な動きを見せていたこれまでの行動の意味が、ここでようやく意味を成して繋がった。

彼女は記者としての正義感や承認欲求から行動していたのではなく、自身の立場を利用し、ガス人間を使うことでこの国の裏にいる存在……ホワイトセンターに関わった“無風”について探っていたのだ。

今回第2話で小畑が遺した日誌から無風を表す文字も正確に判明し、無風=風が吹かない、という言葉が当てられた組織であることも明かされる。そして、この組織には死んだ大友、小畑に加え、警視総監である坂本と、“カイ”と呼ばれる謎の人物が関わっていたことも。

物語は一気に動き、ここまでの伏線も回収されていく。

……が、このあたりの演出が、どうにもうまくいっているように感じない。

本来ならば、物語の黒幕が主人公の一人でもある京子であった、というのはかなり大きな“どんでん返し”であり、物語の見え方が根底からひっくり返る要素のはずだ。しかし今作では、この第5話冒頭シーンでの京子・富士太・華歩三人の雑談の中でさらりと語られ、以降はそれが当たり前であったかのように物語は進行していく。

これは今作の物語の主眼が、“犯人探しのミステリー”ではないということの表れかも知れない。しかし、そうだとしても、前回ガス人間アジトでの京子の登場から、あまりにも演出が軽すぎるのではないだろうか。

音楽で盛り上げたり、派手なカット割りを使うなど、邦画・邦ドラマでありがちな大袈裟なシーンに仕立てる必要はないのかも知れない。

しかし、今回のこれは、まるで物語開始時から視聴者に開示されていた情報であるかの如く語られてしまうので、ここでも観る側の意識は置き去りになる。

その後のタクシーのシーンでは、ガス人間へ指令を出す音声メッセージに坂本の殺人を示唆する言葉を打ち込む京子の姿もあるため、ここから更なる展開があると言うよりも京子犯人で間違いないと思うのだが、この冒頭シーンだけ観ると、1〜2話ドラマを見逃したかのような錯覚すらしてしまう。

二つの衝撃展開をどちらも過剰に演出しないのは“敢えて”なのか?

同じように、警視総監である坂本がホワイトセンターに関わる組織の一員であったことも明かされるが、これに関しても京子が日誌を読み上げることでアッサリと判明してしまう。

確かに第1話のレビューでも、ピエール瀧の演じた警視総監がこのままただの善人で終わるだろうか、といったことも書いていたし、警察内部には吉田という内通者もいたことがわかっているので、それ自体が驚きに繋がる要素ではないのだが……。

坂本は岡本の親代わりの存在であり、第1話でもその絆を描く喫煙所での一幕もあった中で、それ以降この第5話まで特別な出番はなく、突然にここで正体が明かされるので観ていて感情のやり場がない。

坂本の部屋には岡本が警察官になった日の写真や、家族ぐるみで過ごして来た写真が飾られ、坂本の妻である千恵子も岡本の来訪を嬉しそうに伝えていることから、岡本と坂本の関係を推し量ることは出来る。けれどこの場合、前話での藤川兄妹やゴロ監督のようにそれが推し量れることが重要なのではなく、ドラマ劇中に何のエピソードもないことが問題になるのだ。

坂本の登場は序盤の僅かなシークエンスと今回だけであり、そこで無風陣営の一人であったことが明かされたところで衝撃もなければ、その死についても心が動くということはないだろう。

ドラマそのものがサスペンス要素よりも、今回のガス人間の過去のような叙情的なシーンに重きを置いているのかも知れないが、それにしてもここまで描いて来たドラマの方向性は散らばっており、第5話まで観てもこのドラマが何に重きを置いて作られているのかが見えて来ない。

今回はサスペンスで言うなら犯人も、その犯行の動機も明かされる非常に重要な回のはずだが、そこに対してハッキリとした演出がなされないので、本当にいつの間にか重要事項が明かされただけになる。

あまりにもわかりやすい物語になったガス人間の過去

序盤の回想シーンでは京子と生前のガス人間の過去が語られ、京子が表向きに社会福祉施設として運営されていたホワイトセンターの出身であったことがわかる。

また、この際に幼い京子と話している“さつき姉ちゃん”は、第2話序盤で小畑が夢を見た少女の名前と同じであり、あの悪夢の伏線もここで回収される。

ただ残念ながらこの件に関しても、小畑にとってこの少女が特別だった理由は何もないはずなので、“伏線を作るための展開”に見えてしまう。

勿論小畑が心の底に善性を残していたことも、彼がその後も児童養護施設を運営していたことから理解はできる。当時の彼は恐怖によって支配されていただけで、本来そこにいた人々に愛情があったことは描写されていた。

しかし、今回森が運転していたトラックの荷台には、さつきの他にも沢山の遺体が並んでおり、その中には同じような年齢の子供たちもいただろう。その中で、たまたま京子とも関係があった女の子の悪夢を小畑が見ていた……というのは、特に伏線になる謂れはなく、そこが繋がっても観ている側にカタルシスはない。

肝心の京子とガス人間:蓮の過去も、正直なところ、やはりこの展開になるのか、という気持ちで観ていた。

「人間燃料」という言葉が出た時点で推察は出来ていたが、過去のホワイトセンターが明らかに家を失った人々や両親のいない子供達の集まる場所であり、そうした人々に報奨金をちらつかせることで隕石の調査に向かわせていた、ということで間違いないようで、京子はそんなホワイトセンターからたまたま逃げ出してしまったということだったようだ。

そして、そんな彼女を救い出したのが、当時旧・文庫ラーメンの常連であった蓮(ガス人間)だったという物語。

このエピソードも決して悪いわけではない。

実際、劇中初めて人間らしい演技……ガス人間になる以前の、どこか幼さを残す無邪気で心優しい青年を演じるUTAは、その演技未経験故の緊張感がキャラクターによく似合っているし、なかなか心を開けない幼い日の京子が、箸の持ち方すらきちんと教育されていないことを示す演出も良い。

ただ、やはりどうしてもこうしたエピソードが、この10〜20数年のドラマの中で既視感のある展開であることは否めず、その物語の見せ方も決して巧くないと感じてしまう。

中盤、岡本が坂本に日誌を突きつけた際の「すべては……国のためだった」といった台詞も含め、ガス人間や京子の行動理念も、復讐される側である無風側のキャラクターも非常に単純化されてしまい、まるで書き割りのように作り物じみたキャラクターになってしまったように思う。

演出や、小道具などに、登場人物の物語に描かれていない背景を書き足そうとする意志は様々なシーンで感じられる。けれど、物語の本編で描かれる展開や台詞には、物語のための役割をただ演じているだけの空虚な登場人物の存在を感じてしまうのだ。

富士太・華歩の兄妹にあった誤解……富士太の危うい価値観

自身の価値観で妹の幸福を測ってしまった兄の失敗

そんな中で、やはり今回も物語の本軸に絡まないところに魅力的なキャラクターや演出描写がある。

今作は全体的に、本編とは無関係な登場人物の描写や演技に見るべきものが多く、それにより物語から離脱することはないのだが……結果としてそれはドラマ本編には必ずしもノれていないと言う証左だ。

今回も前回に引き続き、藤川兄妹の描写は素晴らしい。

序盤の京子は、二人にすべての計画の告白をした上で、復讐後には自分は自首するつもりで、その後なら情報発信もフジタとカホの恐怖地帯で好きにして良いと告げる。

その代わりに、まだ復讐相手が残っている今は見逃して欲しいと。

華歩は殺人に加担することに近いそんな申し出を拒否するが、“何者かになりたい”富士太はバズりたい一心でそれを承諾しようとする。

ここで、華歩が倫理のSTOP役になるのが象徴的だ。

彼女は、長い間兄と二人だけの世界で生きて来た。顔のアザをコンプレックスとし、外に出ることを拒否し、兄と、失った家族以外の誰とも関わらず静かに生きて来たのだ。

けれどだからこそ、彼女には富士太のような承認欲求も、金銭に対する欲もない。彼女は、そんなささやかな生活でも、充分に幸せだった。

「富士太はあたしのお兄ちゃんだよ。それじゃダメなの?」

ここにも、原作『ガス人間㐧1号』から受け継いだ悲劇がある。富士太は華歩を心から愛し、彼女のために行動して来た。しかし、どこかでそこには“富士太の価値観”“富士太の価値基準での幸福”であり、その点で、彼らには哀しいすれ違いと断絶がある。

富士太は“華歩のため”と言いながら、そこには自身の価値観で華歩を縛ってしまう兄としてのエゴがある。それはまるで、藤千代の芸術を生涯理解し得なかった、原作ガス人間:水野の姿にも重なる姿だ。

華歩が繋ぎ止めようとした日常……その尊さ故に富士太は踏み外す

納得出来ない様子でバイトへ向かおうとする富士太に、ぶっきらぼうに誕生日プレゼントを投げる華歩の姿は、大人と言うよりまるで小さな、幼い妹の姿のようで可愛らしい。

それは決して高価ではない……けれど、二人の生活を考えれば充分に手に入れるのが難しい価格帯でもある、ジッポライター。真ん中に翡翠の石があしらわれたデザインが、富士太が前回「ファッションから入るのよくないな」と言われたゴロ監督が胸から下げていた翡翠と重なるのも芸が細かい。富士太は、本当にゴロ監督のファンで、憧れていたのだろう。渡すべき日より一日早くそれをプレゼントすることで、華歩は元の細やかな生活に、富士太を引き戻そうとしていたのだ。

この時の富士太の、心から嬉しそうなはしゃぎっぷりと、抱きしめようとして拒否される、その兄妹らしいやり取りが本当に良い。

たった2話の登場だが、この兄妹は他の登場人物と違い、積み上げられた演出と演じた二人の演技によってあまりにも人間らしく描かれてしまった。二人のバックボーンも、これまでの人生もリアルに透けて見える。前述の坂本と登場する話数で言えば変わりないが、そこには大きな差異がある。

だからこそ、今回の展開は観ている側の胸を刺す。富士太は恐らく、この華歩のプレゼントがあったからこそ、倫理の境界を超えてしまう。

そんな華歩を幸せにするために、兄として彼は足を踏み外してしまうのだ。

更に言えば、これが京子の計画さえも滅茶苦茶にしてしまうのが実に皮肉だ。

富士太はそれでも、華歩の言う通りに、京子の犯罪者への復讐を法に則って行わせようとした。だからこそガス人間に、坂本への“ホワイトセンター関係者の告発”を求めさせ、脅迫することで坂本自身の命をも守ろうとした。

富士太からすれば、自分たちのチャンネルはバズり、犯罪者は捕まり、すべてにおいて完璧な計画とさえ思っていたのかも知れない。実際に、警察組織の腐敗の公表により、世論はガス人間側に傾き、坂本も記者会見に踏み切ろうとしていた。

富士太の行動は、この事件を終わらせる一端になっていたのだ。しかしそれが皮肉にも、無風の最後の一人、カイという存在を本気で動かすことになってしまう……。

遊び心満載の片山演出……やはりこちらが本道なのでは??

今回もう一つ特筆すべき点は、やはりカイのメッセンジャーとして藤代会のリキに富士太と華歩の始末を依頼しに行った警察の内通者:吉田のボウリングシーンだろう。

これは第3話の藤代会のエピソードと同じく、片山監督の奇妙な演出が映えていて、《スネークアイ》と呼ばれる、ボウリングピンの両端の7番ピンと10番ピンの2本残しのスプリットを攻略し、奇妙なダンスを踊りながらリキとの交渉をまとめる姿は、このドラマ全体でも1,2を争うほどの“迷シーン”だ。

この吉田が上着を脱ぎ去り、決して筋肉質ではない身体に白Tシャツ一枚でボウリングに挑む姿もまた、あまりにも滑稽でいて、だからこその狂気も伝わる。

この一連のシークエンスがジョエル・コーエン監督の映画『ビッグ・リボウスキ』(1998)のオマージュを思わせるのも片山監督の遊び心だろう。

今作は本当に、こうした本編の軸と離れたところでこそ片山監督の演出がノッているように見えてしまうのは気のせいではない気がする。明らかに、こうした場面の方が面白い。

またこの演出により、無風側も決して一枚岩というわけではなく、警察内部にいながら坂本の粛清の役まで担う吉田も含め、残りのメンバー:カイの絶対的な支配力も示している。

今回サスペンス的な盛り上がりは今ひとつな回ではあったが、まだ“カイの正体”については盛り上げようのある余地が残されているようだ。

次回へ向けて……

ドラマ全8話、折り返して後半戦の始まり。

ガス人間を操る黒幕の正体や過去、そのガス人間の復讐のターゲットである無風のメンバーについても語られ、いよいよ物語の中核へと至った。

……しかしドラマを観た後に残るのはそんな本編の軸よりも富士太と華歩の兄妹愛故のすれ違いと悲劇であり、内通者:吉田の奇妙なダンスである。残念ながら、やはりこのドラマの本筋の物語には、依然として疑問が尽きず、その演出についても不満だらけな筆者である。

次回はそんな筆者のようなドラマ視聴者にとってもかなりのハイライト、ある意味で今作の最終回にも近い。

藤代会に囚われた藤川兄妹がどうなるのか……物語は大きく動く。

第6話へ続く

💨 ガス人間考察レビュー

原作映画『ガス人間第一号』(1960)考察レビュー

ガス人間各話考察レビュー1

ガス人間各話考察レビュー2

ガス人間各話考察レビュー3

ガス人間各話考察レビュー4

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